nao's 思考整理ログ

エンジニアとしての成長メモ

【経験者が語る】学歴”逆”差別がどこに行っても存在している事実

コンビニで働いていた頃にオーナーに言われた言葉を今でも覚えている。『〇〇くんは××大学だけど、どこに行ってもそれはマイナスの評価として受けることになる。誰もが君が当然これくらいのことはできるだろうとか、もちろんこれくらいのことはしてくれるよね?という偏見を持って接してくるだろう。しかし、もし君がそれをこなせなかった場合、君はマイナスの評価を受けることになる。だから君はどこへ行っても負債を負っているのだよ。』と。

後日、そのオーナーの聞くところによると、彼の兄弟は僕と同じ大学に行っていたそうだ。しかし、彼がこういうことを僕に対していったということは当然彼の兄弟のことをよくは思っていないはずだ。

もしかしたら、『仕事に関していえば俺の方ができるし充実している』というふうに感じているに違いない。彼の父親はかなりの頑固者で、高学歴の人を"大そうなことだ"と鼻で笑う人だ。

僕の勝手な想像だが、彼ら親子と接していて感じることは、彼らの家庭内では、父親がいつも弟や兄上、社会の負け組や勝ち組、等を比較して劣等感やら競争意識を植え付けていたのではないかということだ。

だから、自分が普通に社会に出たら彼らよりも下の層として働かされることになるし、見下されることに我慢ができず、彼は(親は)コンビニのオーナーになったのではないかということが、社会経験が浅い僕でもなんとなく想像がついてしまっていた。

僕は選民意識などないし、むしろそういう輩を見ていて、胸糞が悪くなる方である。しかし、高学歴だからといって少しでも自信のないような素振りを見せたり、何かで失敗した際に、"過去からの何か"を晴らしたいかのような顔をして、その鬱屈した精神をぶつけるかのように愚痴や小言を聞かされることを考えると、彼らも救いようがないものだなと感じることがある。

以前の投稿ではコンビニで働いたことを書いたが、結構反響が大きかったようで、世の中のコンビニで働く人がいかに社会の理不尽さを実感しているかを知ることができたこととなった。 

heavenzdoor.hatenablog.com

 "学歴を得ること"は決して"社会で勝つための必勝法"ということではなくて、むしろ資格を得たような感覚の方がでかい。資格を得たことで大企業で面接を受けさせてもらえる切符を切ることができるが、それ以上の評価はない。